つきみかふぇのらいとのべる

ちょっぴり苦めのコーヒーをどうぞ

エーデルシュティメ 第4話『嘘と笑顔の狭間で』(後)

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 右側に上杉、左側に緑川。
 そして、目の前には青色の水彩絵の具で塗りつぶされた海岸線が広がる。

「でも今日は晴れて本当に良かったね」
「いつも暇してるはずのお前が、突然『明日行こ』とか言い出すから訳がわからないことになったんだろ」
「だって先のことなんて見えないじゃん。だったら行ける時に行くってのが鉄則みたいなもんでしょ」
「だからって、唐突すぎないか?」
「それとも大樹くん。こんな可愛い女の子二人とダブルデートしてても、全然楽しくないのかな?」
「「!?!??」」

 今日の目的地は、江ノ島の対岸にある水族館。確かに格好のデートスポットと言ってもあながち間違ってはいない。

 昨晩の天気予報では、今日は雨予報のはずだったんだ。それがこの状況、俺は春の陽気のせいだろうか、頭がおかしくなりそうだ。どこかぼんやり上の空を見つめていたが、右側にいる上杉がいつもどおり睨みつけていることに気づくと、ふと我に返ることができた。これが平常運転なのもどうかと思うが。

「てかそれ、ダブルデートの意味が確実に間違ってるだろ!」
「なにそんな怒ってるのよ? デートをつまらなくさせたい意図でもあるわけ?」
「べ、別にそんなものはないけど……」
「それならこうやって大樹くんにえいってくっついても全然平気なわけだ」
「「!?!?!??!??」」

 突如緑川が思いっきり身体を寄せてくる。俺の左腕に緑川の柔らかいそれが、体温と共にひしひしと伝わってきた。てかこれ、ちょっと何かが触れてる気がするのだけど。
 ただしそれ以上に右側からは熱量の高そうな圧が襲いかかってくるわけで、本当に一体どういう状況なんだ?

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エーデルシュティメ 第4話『嘘と笑顔の狭間で』(前)

 目に見えるものと、目には見えないもの。
 この世にはその二つが存在し、世界を無自覚に動かし続けている。

 目に見えていれば、何も恐れることはない。
 注意深く観察してさえいれば、その薄暗い変化にも気づくことができるから。

 問題は、目に見えない方。
 どれほど警戒していたとしても、いとも簡単にその対象を見落としてしまう。
 当然の話だ。目には見えないのだから。
 あるいは、敢えて見せようとしていないのだから。
 ただし、もしそれが自分の好意を抱く対象であれば、これほど恐ろしいものはない。
 大切な仲間のシグナルを見落とすなんて、いかんともし難いもの。
 時にこの世界の誰一人にも気づかれないまま、世界は回り続けてしまう。

 いつも俺をおちょくってくるばかりのあいつが、俺の本当の仲間かどうかはわからない。
 ただ同じ部屋を共にするルームメイトには変わりなく、困ってることがあれば力になってやりたい。
 普段何を考えてるのかさっぱりわからないからこそ、どこか放っておけないのも事実だった。

 あいつは嘘をつくことが自分の仕事でもあるから、どうにもやりきれないんだよな。

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エーデルシュティメ 第3話『唐突な小さな来訪者と私』(後)

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「君、喋れるの?」

 私はカメレオンのぬいぐるみに対して、こんな質問をしてみる。
 もちろんそれだっておかしな話だ。だって相手は一見するとちょっと薄汚い感じのぬいぐるみだよ。

「もちろんだよ。喋れるに決まってるじゃん! だってボク、カメレオンだよ?」
「…………」

 そんなこと知るか。なぜなら君はどこからどう見たってぬいぐるみだよね!?
 当然ながら口は動いていない。口も動かせずに喋れるなんて、天と地がひっくり返っても無理というもの。それ以前にぬいぐるみだろうとカメレオンであろうと、人間の日本語を喋るというのがあまりにも間違っている。奇天烈以外の何者でもない。

「あ、そうそう。さっきイタズラして、お風呂場の鍵を開けたのもボクだから」
「ちょっ!!!」

 そしてあまりにも唐突な自白に、私は思わず次に返す言葉さえ見失ってしまった。
 カメレオンのぬいぐるみは、手足をバタバタさせてこちらの方へ向かってくる。その動きはそれこそゴキブリのような身振りで、鍵を開けたというのもそれなりの説得感があるようにもないようにも見える。とはいえ、その手足をバタバタさせる姿はどこかぎこちなく、むしろ絶望的な不安感しか生み出さないのだけど。

 ……いや、やっぱしその短い手足でお風呂場の鍵を開けるとか、絶対無理でしょ!!

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エーデルシュティメ 第3話『唐突な小さな来訪者と私』(前)

 何も変哲もない生活空間に、二人の姿があった。

 一人は、今を変えるため、必死に勉強を重ねてきた男の子。
 一人は、今を変えるため、必死に自分を追い求めてきた女の子。

 リビングのテーブルに二人はノーパソを広げ、今も新しい自分と向かい合おうとしている。
 いかにも難しそうな論文、自分の趣向とは明らかに真反対のファッションサイト。
 一体どこでそれを見つけてくるのだろう。探究心からして満ち溢れている。

 誰にだって真似できそうで、誰でも真似できるものではないこと。
 きっと、手に持っている勇気の重さが違うのだと思う。
 一歩を踏み出す力が不足すれば、どうやってもその場でもがき続けるだけになってしまうから。

 だから弱い人間というやつは、ここで足を止めてしまうんだ。
 それを彼らは無自覚に、ひょいと跳びはねる力を持ってるのだろう。
 目の前の崖を飛び越えるため、新しい自分に出逢うために。

「二人ともテーブルで向かい合って、仲良さそうだね?」
「なっ……」
「っ……」

 そんな二人を、私はからかうように邪魔してしまう。
 一つは、悪戯心に火がついて、ただからかいたくなってみたから。
 一つは、羞恥心を忘れ、ただただ羨ましいと思ったから。

 だけどさ、二人はまともに反論することもなく、似たような反応を返してくるだけなんだよね。
 まったく、私の本当の気持ちなんて知らないくせにさ。

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エーデルシュティメ 第2話『オトメゴコロの目覚め』(後)

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 食卓の中央に置かれた大きなお皿の上にはいかにもカリッとした鶏の唐揚と、まだ採れたてと思われるしゃりしゃりなレタス、そこへ真っ赤な艶のあるトマトが彩りを添えている。見た目以上に簡単ではあるけど、共同生活初日の夕食は、ちょっとした歓迎パーティーともなった。パパから送られてきた食材を私が少しずつバラし、上杉さんが鶏肉を上手に揚げ、大樹くんオリジナルのドレッシングを使ってサラダを丁寧に並べていた。残念なことに大樹くんも思いの外料理が得意そうに見えたので、女子力勝負では私もうかうかしていられないことが判明する。

「うん、美味しい。上杉さん料理が得意そうだね」
「鶏の唐揚については食材がいいからだよ。むしろ深澤くんの方が味付けが繊細そうだな」
「俺はずっと自分で食べる分だけは自分で作ってたから。それよりこれ……」

 大樹くんの口元を巨大な鶏の唐揚げが襲った。大樹くんは必死にがぶりつこうとするが、やはりそいつの巨大さは一筋縄では行かないようだ。まったく誰がそんな不格好な形に鶏肉をバラしたのだろうかね。
 ……とりあえず話を逸しておくか。

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エーデルシュティメ 第2話『オトメゴコロの目覚め』(前)

 人にはいろんな人間がいる。そんなの、誰だって知ってること。
 男と女。子供と大人。生きてる人と死んでる人。
 死んでる人なんて、目に映ることさえもないのだけどね。

 もちろん死んでる人にだって、ちゃんと種類は存在しているよ。
 前は生きてたけど、既に他界している人。
 この世に生まれてくる存在だったのに、それさえも叶わなかった人。
 後者は特に切ない。一度も日光を浴びれずに、自分の名前さえも存在しないのだから。

 だけどもしその人が生まれてきたならば、ずっと傍で笑っていてほしい。
 だってみんなが笑顔でいれば、私のいるこの場所は絶対楽しくなると思わない?
 みんなが心の底から笑っていれたら、戦争なんてこの世界からなくなると思わない?

 だからこれが私の使命。やるべきことをやって、世界中の人を笑わせてやるんだって。
 ここまでみんなに育ててもらったことに感謝しつつ、今度は私が世界へ笑顔を届けるんだって。

 そして私だって、いつまでも笑っていたい。

 ……そのはずだったんだけどさ。私の部屋の風呂場に覗き魔が現れたらしいんだ。
 もっともこんな可愛い女の子が、男子寮に暮らしてること自体そもそも不思議なんだけどね。

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エーデルシュティメ 第1話『桜と風呂場と新しい部屋』(後)

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「とはいってもまだご飯もできてないし、お風呂も先約がいるからどっちもダメなんだけどね〜」
「だからそうじゃなくて!」
「ん〜? せっかくだからちょっとやってみたかっただけなのに、君って面白くないな〜」
「何をやってみたかったんだよ!?? というか、お前は誰なんだ?」

 そもそも今どきそんなベタすぎる新婚生活みたいな展開、本当にやるやつがいるとは。

「え? 昨日パパから何も聞いてないの?」
「パパ!? 誰だそれ。そもそも俺が昨日会ったのは……」

 引っ越し屋のお兄さんと、寮長のおじさん、そしてこの学校の学園長くらいだ。入寮手続きでバタバタしたせいで、それ以外の人と話した記憶などない。

「だって大樹くん、パパの部屋に呼び出されてたじゃん。寮長さんにそう聞いたけど」
「パパの部屋ってまさか学園長室のことか? ……てことはお前、まさか?」
「だからてっきりパパから『よろしく頼む』みたいなこと言われたのかなって思ってたんだけど」
「…………」

 ……確かに言われた。こいつの言ってることは何一つ間違ってない。あろうことか話の辻褄が全て繋がってしまった。しかも俺の想像を遥かに超えすぎた、斜め上の展開に。

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